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社畜ゲートウェイ

京成・京急を中心に取り上げる阪急ファンのブログです。日本一遅い速報を届けます。


幕臣になってしまった渋沢栄一

一橋家で着々と実績を積み重ねる栄一。当時の一橋家の風通しの良さもあり、1865年には勘定組頭になり、新たな仕事も請け負う様になります。同じく一橋家に仕官した渋沢喜作も軍制所調役組頭に抜擢され、栄一と喜作は、それぞれの長所を認められて共に出世す…

【解説】『青天を衝け』第3回「栄一、仕事はじめ」(ネタバレあり)

大河ドラマ『青天を衝け』、第3回「栄一、仕事はじめ」の解説です。一部、放送のネタバレを含みます。

渋沢栄一の歩兵取立御用

栄一と喜作が関東で人撰御用の旅に行って、少しは一橋家の家臣が増えましたが、それでも増えたのは、主に役人と言われるような人だけでした。江戸時代の大名家は軍隊を持っていましたが、一橋家には軍隊と呼ばれるような兵力は持っていません。そこで、栄一…

人撰御用の旅と平岡円四郎の死

栄一は水戸藩に入ってから、常々、「国のため、水戸藩に志士を集めること」を提案していました。それを平岡は聞き入れ、栄一と喜作を関東に派遣して志士を集めるように命じます。しかし、その旅は栄一と喜作に衝撃を与えることになりました。

【解説】『青天を衝け』第2回「栄一、踊る」(ネタバレあり)

大河ドラマ『青天を衝け』、第2回「栄一、踊る」の解説です。一部、放送のネタバレを含みます。

渋沢喜作ってどんな人?

大河ドラマ『青天を衝け』に登場する機会が多い渋沢喜作。青年時代の喜作は栄一と共に行動することが多く、栄一の相棒というポジションでもあります。高良健吾さんが演じていることもあり、とても実直で爽やかなイメージがあります。今回は、そんな渋沢喜作…

【解説】『青天を衝け』第1回「栄一、目覚める」(ネタバレあり)

大河ドラマ『青天を衝け』、第1回「栄一、目覚める」の解説です。一部、放送のネタバレを含みます。

渋沢栄一と西郷隆盛と豚鍋

渋沢栄一が平岡円四郎の命令で、西郷隆盛に会ってくる様に平岡から言い渡されました。西郷隆盛は薩摩藩の有力な藩士でしたので、会うだけでなく、薩摩藩の内情を探るスパイ役としてでした。

渋沢栄一、スパイになる

一橋家に仕官した渋沢栄一は、平岡円四郎の命令で大阪に出張することになります。表向きは、薩摩藩の築城法の専門家である折田要蔵の内弟子として住み込み、築城技術を身に付けることでしたが、実は密偵(現代で言えばスパイ)も兼ねていました。

一橋家に仕官したころの渋沢栄一

ひょんなことから一橋家に仕官した渋沢栄一。渋沢喜作と共に心機一転で一橋家でのサラリーマン生活が始まります。

一橋家に仕官する渋沢栄一

平岡円四郎のツテで通行手形を貰い、京へ向かった渋沢栄一と渋沢喜作。父から貰った100両は散在したことで、そろそろ財布事情が怪しくなってきます。更に、挙兵計画の一件がきっかけで、幕府の調査が及んでくることになります。

京へ向かう渋沢栄一

僅か69名で高崎城を乗っ取ると言う、捕らぬ狸の皮算用の挙兵計画が中止になった渋沢栄一とその一味。挙兵計画が中止になったとはいえ、村に槍や刀などの武器を持ち込んでいたことで領主から目をつけられていたこともあり、伊勢神宮への参詣という名目で実家…

未遂に終わった渋沢栄一の高崎城乗っ取り計画

外国を排除し、天皇を中心とした国家を作ろうとした幕末の志士たちは全国に数多くいました。渋沢栄一もまた、尾高新五郎に感化され、尊王攘夷の志を持っており、栄一が24歳のころ、壮大な挙兵計画が練られていました。

【書評】近代鉄道史の勃興を学べる『渋沢栄一と鉄道』(一部ネタバレあり)

2021年大河ドラマ『青天を衝け』の主人公でもある渋沢栄一は、実に様々な企業に関わっています。その中でも、現在の我々の生活に欠かせない鉄道の設立・経営にも尽力しており、その渋沢栄一と日本の鉄道黎明期にスポットを当てた『渋沢栄一と鉄道』が 2021年…

本当に読んでおきたい渋沢栄一の本5選!自己啓発本は読まなくてOK!何故なら…

大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一に関する書籍は山ほど出ていますが、その中でも「これだけは読んでおきたい!」という本を紹介します。

権力に立てついた若き日の渋沢栄一

渋沢栄一が17歳の時、父の名代で岡部藩の陣屋に出向くことになった時、しかし、そこで待ち受けるのは身分の差と権力を振りかざして理不尽な要求をする代官でした。栄一は、この理不尽な要求に立てつきます。当時ではありえないことでした。

迷信を信じなかった少年時代の渋沢栄一

渋沢栄一は少年時代から農家とは思えないほどの教育を受けており、知識は豊富で、理路整然と話すことが出来る少年でした。父の影響もあってか、迷信というものを信じておらず、修験道者をやりこめたという話があります。

医者の真似をして商売をした渋沢栄一

渋沢栄一は14歳ごろから、父の家業を手伝うようになりました。しかし、栄一が進んで「やりたい!」と言った訳ではなく、栄一が読書三昧で、家業に興味を持たなくなると心配した父が、半ば無理矢理、栄一に家業を手伝わせたのです。 当時14歳で読書好きの栄一…

渋沢家はどの様にして藍玉で財を成したのか

渋沢栄一の父が藍玉の製造と販売で財を成したと言われています。渋沢家の藍玉事業は単に藍玉を作って売るという一口で言えるようなものではなく、現在のメーカーが行っている、仕入れ・製造・販売のシステムを構築して事業を形成していました。

『青淵』という雅号の由来と名付け

渋沢栄一は青淵という雅号があります。文字通り捉えると、「とても深い青い色の川」という意味です。その由来、誰が名付けたのかを紹介します。

とても読書が好きだった渋沢栄一

渋沢栄一は読書が好きでした。家業の手伝いや、剣術の鍛錬なども行っていましたが、読書が好きすぎて叱られるくらい、それはもう読書が好きな青年だったのです。

父に贅沢を戒められた渋沢栄一

渋沢栄一がまだ少年だった時代、父・渋沢美雅(市郎右衛門元助)に贅沢を戒められたことがあります。叔父・保右衛門が江戸に出かける時に、栄一少年がついて行った時の話です。

とても「農家」とは言えない環境で育った渋沢栄一

農民から武士に出世し、明治政府で財政政策を打ち立て、実業家になってからは多くの会社の設立に携わった渋沢栄一。「農民から武士に出世」というと、一発逆転のサクセスストーリーに聞こえますが、実は、とても農家とは言えない環境で育ったのです。